乳癌手術 後編

7回の手術の内容です。
1、左胸全摘手術、2、取り残しリンパ節を手術 3、1年後に形成外科再建用の手術 4、取り出してバッグを挿入 5、それが体に合わずに小さい物と入れ替え手術 6、それも炎症、取り出し手術。 7、その後卵巣と子宮摘出手術。 
と、計7回の手術。 その間に熱が出たりして入院したりしてます。
2,3の間には抗がん剤治療と放射線治療をしています。

まず最初の手術が終わり、3日後に家(仮の場所なのでホテル)に帰ってきました。
オクシコディーンOxycodoneというかなり強い痛み止めを1日5回飲んでました。 
手術をした胸の下に穴が開いていて、そこから体液をチューブに取るようになっています。 
溜まったら記録して中身を捨てます。 血の色がうすくなってきて、少なくなったら回復中。

当時はかなりくわしく記録をつけていて、それを見ながら書いてますが、初めて鏡を見た記録がないんです。
ショックだったのだと思います。
一生目をそらすわけには行かないのだからと、すぐに包帯を取った記憶があります。 
その後何回も見て泣いたりもしましたが、その時の瞬間だけは覚えてない。

数日後からはじっくり観察しました。
温存ではないので文字通り、当たり前ですが丸ごとなくなっていました。
左胸のあった場所に 刀できられたような長い傷跡がついていました。
なん針もの縫い目。 
この後同じ場所を4回も切って、最後は医療用ホッチキスのようなもので止められるなんてこの時は知りもしませんでした。 


心優しい夫は「あ、すごくきれいな傷跡だよ、良かったね」なんていって消毒してくれたりして。
食事を作り私のケアをし、子供のケアをし大変だったと思います。 心から感謝してます。

「ねえ、胸が一つになっちゃったよ、、こんなワイフでいいの?」って聞いたら
「ああ~2つもあったらToo sexy1つでじゅうぶんだよ」なんていってくれました。

「それに胸を見て結婚を決めたわけじゃないよ、、おしりだけどね」なんて笑わそうとしてくれたり。

そして思いやり深く…

「どんな姿になってもかまわない、生きていてくれたら」と。 

思い出したら涙が出ます。

こんなに支えてくれたのに、今ではカカア殿下に逆戻り。 ひどい嫁ですね(笑)


8歳だった息子も何回も泣いていました。このときはまだ英語と日本語ミックスで
「ママァー Can you live? …行ったらだめよう、ずっと一緒にいないと、だめから~!だめから~!」って。
そのたびに「ママがんばるよ、だって孫を抱っこしなくちゃいけないもんね」って。
本当にそんな日が来たらいいのにと思いながら言いました。

18日手術、25日に病院でチューブを抜きました。 これが今までで一番くらいの激痛。
手術よりもこっちの方が痛かったのは炎症してたから。汗が吹き出し、大泣き。
指の先の炎症でも痛いじゃないですか? それが1センチ大の穴2つから胸の中の長いチューブを抜くのですから、その時は激痛でした。

この夜40度を超える熱が出て感染症の疑い。 すぐにまた病院へ。 流れる涙が熱ですごく熱かった。
病院ですぐに抗生物質を手から点滴。 
右腕は手術の時の穴だらけでさす所がなくて手の甲、親指のつけねに点滴。 さした時すごく痛かったので持っていったノートの字がぐしゃぐしゃ(でも書いてる)
左胸を手術してるので左腕には小さい傷も付けられないと言われてました。
浮腫と言うのになる可能性が高いということでした。 なので右腕にはもう針を刺す場所がなかったんですね。

この時もどうにか乗り切り4月18日。 1ヶ月経ったので抗がん剤の説明を受けに病院に行きました。
腫瘍専門医がその前に触診をしたところ脇の下にパチンコ玉大の腫れが、、。この時も絶望して泣きました。
そして25日、2回目の手術。 後からこれも悪性腫瘍、リンパ節に転移した癌だとわかったんです。

手術の検査の結果ステージ3に近い2Bというもので転移は全部で4つ。当時は5年生存率でも40パーセントくらいだったと思います。 生存率に振り回されていました。あと、どのくらい? 2,3年? どうなるの?と。

何回も落ち込み、泣き、それでもそのたびに家族の絆は強くなっていったのです。

次回抗がん剤に続く。

皆様の暖かいコメント本当にありがたく、心から感謝しています。 ありがとうございます。
ブログの趣旨は大きく変わってきたいましたけど、私の体験を通してメッセージが伝わればと思い書いています。
しばらくお付き合いください。
闘病中の方には勇気を出していただきたいのです。 こんな経験しても、こんなに元気になったのだから。
あまりに壮絶な記録で書こうかどうしようか悩んだのですけど、自分の体験が少しでも役にあったらいいなと思って書いてます。読んでいただいてありがとうございます。
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コメントの投稿

Secret

こんばんは。

はじめまして。
少し前から拝読させていただいています。

猫ちゃんが可愛くて、最初は見ていましたが、このところの記事を読んで、本当に大変な思いをされたのだと知り、コメントさせていただくことにしました。

本当に、ご家族の愛情、ご主人の優しさ、思いやり、ありがたいですね。
幸せな家庭に恵まれて、というか・・そういうご家庭を作り上げてきたということ、素晴らしいですよね。

きっと、同じような体験をされた方が読めば、心強く感じることもあるかと思います。

がんばってください。
かげながら^^

はじめまして

tomotanさん
はじめまして
いつも楽しくブログ読ませてもらっています!
私も猫を飼ってるので、うちの子がちっちゃかった頃、同じ事をしてたなぁと思いながらいつも見ていました。
今はオーストラリアに住んでいて離れてしまっていますが…
こっちでも今ピンクリボンの活動が行われています。
今回こうやってブログにありのままをつづったtomotanさんの勇気とご家族のやさしさがとても素敵だと思いコメントさせていただきました。
これからもブログ楽しみにしていますね!

lucantaさん はじめまして。

暖かいコメント本当に有難うございます。
猫を飼えて嬉しくてそれでブログをはじめたのですが10月ということもあって思い切って乳癌のこと書きました。 最初は心配だったのですが、皆さんの暖かい励ましに勇気を貰いました。
オーストラリア素敵ですね。 行ったことないですけどあこがれています。 これから夏になるのでしょうか?不思議な感じ。
これからもよろしくお願いします。

momeさん、はじめまして。

ありがとうございます。
皆様からの暖かいコメント本当にうれしく勇気が出ます。
家族には本当に励まされましたね。思いやり感謝してます。 忘れちゃいけないですよね。
今回、思い切って乳癌のことかけて良かったです。 少しでも苦しむ人が減ったらと心から思います。
コメント本当に有難うございました。
これからもよろしくお願いします。

また泣いちゃった・・・滝涙

tomotanさーーーん

読んでる途中からまた大泣きして、今も。鼻水が・・・。爆

ご主人の言葉にも感動しました。なんて素敵なご主人なんでしょう!!うちの旦那は体も腹もデカイくせに気が小さいから、ビビって一緒に泣きそう。。。いや、絶対泣く。爆爆!!

スージーさ~~ん! ありがとう。

そんな~泣かないで。 でもありがとうございます。 うちの夫も本当は泣きむしです。 でも無理してくれてたんだと思います。 ありがたかったです。
優しすぎます~!!一緒に泣いてくれるなんて。お友達にもマンモグラフィー薦めてあげてください。乳癌で泣く人が居なくなりますように。
あ、笑いたいのでホームレスの話し又読みます(笑) 

No title

今tomotanさんがお元気なのはやさしくて心からtomotanさんを愛してくれるご家族がいたからなんですね。病気はご本人も辛いけど家族も辛いですよね。それを暖かいジョークでtomotanさんを励ましてくれるご主人素敵ですね。

miki さん こんばんは!!

本当にそうだと思います。 家族の支えがなかったら頑張れなかったですね。 夫は本当はよく泣くんですけど(笑)この時は何時間も話を聞いてくれたり、すごくサポートしてくれました。 本人よりも家族の方が大変ですよね。 家族の大切さがよくわかりました。

始めまして

ご訪問ありがとうございました。
転移とか、大変ですね。

僕は喉頭がんですが
リンパ節と甲状腺に浸潤・転移していて
ステージⅣa と診断され
喉元を、両側の耳元から「Uの字」型に切り開いて
声帯その他の気管をごっそり摘出
原発部位がどこか?わからないくらい大きな癌だったそうです。

もちろん、1年未満の再発・転移率50%以上で
案の定、食道に転移しかけましたが
その時出合った「食事療法」というか
亜流・ゲルソン療法で主要の癌化を食い止め
その後、無事何事もなく暮しております。

ステージⅣの5年後生存率は
それはもう少ないもので、一応覚悟は決めておりましたが
本気で<癌に面と向かって>治すというか
<徹底的に叩き潰す>気になれば
案外とやっつけられるものだなぁ…と
思うようになりました。

希望を持って、頑張ってくださいね!というか
たかが癌くらいに負けてたまるか!ってなもんで
一緒に頑張りましょう。

癌ダム4Gさん、こんばんは!!

コメント有難うございます!! とてもとても嬉しかったです!時々乳癌闘病真っ最中ブログのYAKOさんのところでコメント拝見してました。癌ダムさんの強さにとても励まされます。 のど元を摘出されたということで、とても大変だったと思います。
お話は出来ない状態なのでしょうか? 私は放射線もしたんですが、のどに近い所だったので、すごく音痴になったんです(笑)自分で笑っちゃうくらい。 毛細血管が焼けるんだそうです。 不思議でした。 癌なんて病気なくなればいいと思います。でもなってしまった。だったら頑張るしかないですもんね。
一緒に頑張りましょう!! 勇気を有難うございます。 これからもよろしくお願いします。 
プロフィール

tomotan

Author:tomotan
アメリカ人夫と結婚生活24年目、アメリカ生活17年目です。市民権をとり7年になりました。アイダホ、ハワイ、LAからオハイオにやって来ました。22歳の息子と7歳のニャンズがいます。ステージ3Cからの乳がんサバイバー14年目です。アメリカのドラマと映画が好きです。スリラー小説も。

乳がん治療の記録
2003年3月ステージ3乳癌発覚/ 3月手術2回(左胸全摘出とリンパ転移摘出)/5月から9月AC&Tの抗がん剤/9月から10月の終わり 放射線治療33回/ 再建手術、縮小手術、再建失敗により取り出し手術など4回/2005年子宮卵巣摘出手術 ホルモンブロック剤アルミデックス治療10年。 乳がん闘病日記はカテゴリーにまとめてあります。
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