市民権について

アメリカの市民になる、国籍を変えるということは、思ったよりも勇気がいることでした。
夫も子供もアメリカ人なのに(子供はまだダブル国籍です)日本人にこだわってました。
日本にいるときは感じたとこもなかったのに、海外では
  (ああ、わが祖国、日本) なんて思ったり。
夫婦喧嘩でも
  「だって日本人だからわかんない!!!」と言う台詞が定番でしたし。

なので、シチズン?まだまだいいよね~っというのが本心でした。
なのでテストの日や宣誓式の前日は「いよいよなのね」と少し感傷的だったかもしれません。

でも宣誓式が終わったとたん、ものすごく意識が変わって。すっきりというか、晴れ晴れというか、、。
ものすごく嬉しかったんです。これはすごく意外でした!! うわーーっと嬉しい気持ちが沸き起こって
突然生まれかわったような気持ちに。
自分が考えてるより、もっとアメリカが好きだったんだなって。
懐が大きくて、何でも受け入れてくれるようなこの国が好きです。

それと、宣誓式には夫も付き添ってくれましたが、軍の制服を着てきてくれたので、宣誓式ではすごく特別扱いでエスコートしてもらって正面の席に席に座れたのも気持ちの助けになったかも。
 申請からテスト、宣誓式については今度詳しく書こうと思います。
自分も知らなかった自分を発見できた喜び。 
本当に不思議でした。
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No title

私はまだこの国で一生を過ごすかどうか、覚悟?みたいなものができていないので、シチズンになったらどういう気持ちか想像もつきませんけど、tomotanさんはご自分の選択を信じていたから、すっきりとした気持ちでアメリカ人のなられたのでしょうね。
基本、何人でも自分のコアの部分をきちんと持っていれば、自信を持って生きていけるのだと思います。

ミキさん、こんにちは!

すごくいいコメント有難うございます。 コアの部分だなんて考えたことなかった、すごい! 
私も覚悟できてませんでした。 母の永住のためにという名目がなかったら、きっとそのままだったと思います。 達成感と言うか、それが気持ちよかった。でも免許は何年も取れませ~んv-406
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プロフィール

tomotan

Author:tomotan
アメリカ人夫と結婚生活24年目、アメリカ生活17年目です。市民権をとり7年になりました。アイダホ、ハワイ、LAからオハイオにやって来ました。22歳の息子と7歳のニャンズがいます。ステージ3Cからの乳がんサバイバー14年目です。アメリカのドラマと映画が好きです。スリラー小説も。

乳がん治療の記録
2003年3月ステージ3乳癌発覚/ 3月手術2回(左胸全摘出とリンパ転移摘出)/5月から9月AC&Tの抗がん剤/9月から10月の終わり 放射線治療33回/ 再建手術、縮小手術、再建失敗により取り出し手術など4回/2005年子宮卵巣摘出手術 ホルモンブロック剤アルミデックス治療10年。 乳がん闘病日記はカテゴリーにまとめてあります。
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