3月3日 すごく特別な日

毎年書いていますが3月3日はすごく特別な日です。

まずは息子の誕生日。 19歳になりました。 昨日チーズケーキファクトリーのサンデーブランチを3人で食べてきました。前夜は和食のお店でおすしの盛り合わせを。 今晩も多分一緒に食事(何回するの?)
昔は友達を呼んでバースデーパーティーでしたけど、今親子3人で静かにご飯(ママはうるさいけど)

それから11年前の今日はハワイに着いてバイオプシーをした日です。 飛行機を降りてすぐに病院へ。 きれいな青い空と痛みと一緒に思い出になっています。

そして、今日。 病院へ行ってきました。 10年間続けた抗ホルモン剤を卒業するために。
オンコロジーの先生がいなかったので替わりの先生でした。

10年間の服用は新しいケースでまだ10年以上飲んだ場合の確立のケースがないことなど説明を受け、それでもやめるのにもう何も問題はないそうです。

私は正直に「すごくやめたい気持ちと、やめるのが怖い気持ちが半々です」と言いました。
先生は「そういう女性は多いから気持ちは良くわかるから、よく考えてからでいいわよ」と。
「一応、今日までってことにして、考えてみて気持ちが変ったらまた続けてもいいわ」とフレクシブルなご意見をいただきました。

う~~んう~~ん悩む~~!! 今のところ(今日まで!)の気持ちです。 変るかもですが、、(笑)

それから3日は卒業式も多かったと思います。
全国の卒業生!おめでとう!!

さらに3日はEsperoさんとところのコネちゃんの二十歳の誕生日です!!
20歳!!!すごいです!! おめでとうコネちゃん!!

さらにさらに、ひな祭り(笑)

ものすごくおめでたい日~!!


うん、今日まででいいかな。

昨日雪が降りましたけど、今日は良いお天気。

春ももうすぐそこまで、、。

がんばろうね。



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神様、ありがとう。


神様を信じています。 



こんな書き方をすると、日本ではドン引きされるかもしれませんが、、。

導かれている気がします。

何度か不思議なことがありました。




2001年の冬。 アイダホから横田への移動が決まりました。

夫母のいるカリフォルニアに寄ってから日本へ行こうと、車でアイダホからネバダを通りカリフォルニアに行くことにしました。 8~10時間くらいでしょうか、このくらいなら車で行くことも多いアメリカです。

ネバダ、カリフォルニアと聞くと暑いイメージがあると思うのですが、冬のこのあたりは極寒です。 突然、気候が大荒れになったりします。

この日はとても良いお天気で、少しでも遠くまで行こうと5時間ほど運転のあと、あるネバダの町で休憩をして、さて出発というとき、、

このときになぜか息子がこの町で泊まると大泣きしはじめました。 それまでは全く普通で疲れてもいなかったのに、なぜか「絶対に行かない!!」と。 このときに、この町に泊まればよかったのですが、夜も更けていないしもう少し進むことにしてしまいました。

子供の直感を信じるべきでした。

ここから30分も行かないうちに、あっという間に吹雪が襲ってきたのです。

とにかく真っ白で何も見えない。 前のほうで事故があったようで、車が全く進まなくなりました。

その間にも吹き付ける吹雪、窓の外は何も見えず状況が分かりません。

ものすごい風でたたくように降りつける雪というか氷の塊。

少しドアを開けると、そのまま飛んでいきそうに。 タイヤも埋まっていました。

そして「さっきの町まで引き返そう」ということになりました。

これが大失敗でした。


どこもかしこも真っ白で道が分からなくなってしまって、ユーターンをしたとたん道路を外れてしまったんです。


がたんと音がして道路から少し落ちて、そのままどうにもこうにもならなくなりました。


今のようにどこでも通じるような携帯電話もなく、途方にくれました。 外は真っ暗で真っ白。 荒れ狂う吹雪。
あっという間に車のタイヤの上のほうまで雪が、、。

タイヤ周りの雪を掘ったりしていましたが、「このままでは閉じ込められる、なんとかする」と夫は強風の吹雪の中を出て行ってしまいました。 



このときにはもう閉じ込められて数時間。 食料品も水分もありません。

1日くらいなら、なんとかなっても、この吹雪がやむ気配はありませんでした。

それにガソリンがなくなったら、暖房も付けられない。


このときの恐怖。 息子だけでも助けて欲しい。


夫は他の車が止まっている前方まで歩いて行きましたが、途中で見えなくなりました。



ドアを開けて見ると、氷の塊のような雪が顔にバチバチ当たってひっぱたかれているよう。


誰か、、と口をあけようとしたら、口いっぱいに氷の塊が入ってきて話すこともできません。


癌になる前の話です。 このとき初めて(死)を意識しました。


恐怖で震えながら「神様!!!助けて!!!」と思った瞬間です。


隣に車がキューと止まって「どうしました?」と声が。


「車が道から落ちてしまって、動けなくて、それに夫が外を歩いてか助を求めに行って、、でも無事か分からない」と伝えますと、

「それは大変だ、こっちの車に移って」と私と息子を乗せてくれました。


車の中には奥様と小さな黒い犬。 それから大量の聖書!


その方は「あ、聖書適当にどかして座って、教会ではたらしているのでね」と。なんと神父様でした。


「この辺はとても危ない場所で毎年、車が埋まって凍死する人がたくさんいるんだ、良かった」と


そしてかなり前方まで歩いていた夫を拾ってくれました。真っ青でガタガタ震えていて、手も足も感覚がなかった。 車まで戻れなかったと思います。



それほどの寒さなのに、その方は薄着で(確かセーターも着てなかった、ネルのシャツ)様子を見てくるよとひょいひょいと車を降りてしまって。 

数分後、あまりにも心配で「あんな格好で大丈夫ですか?」と聞くと奥様はにっこりと、He is OK、と慣れてるからだいじょうぶなのよと。


その後「前のほうに車を引っ張るトラックが止まってるからそこまで行く?」と連れて行っていただきました。

トラックの方に乗り移り、そのトラックが車を引っ張ってくれて、無事に次の町まで行くことができました。


お礼は何回も言いましたが、それほどの命の恩人の住所も聞いていないどころか名前さえ覚えていないんです。

それに助けて!!と思った瞬間に横に車が止まった、、、。


私は今でも時々、神様だったのではないかと考えます。 

お2人ともあまりにも気さくでしたが、本当に人間だったのだろうか?と

あれは、現実だったのだろうか?とも。 

夫も息子も覚えているのでもちろん現実なのですが、すごい経験をしたと今も思っています。

命を助けられたと、今でも思っています。

その後1年ほどあとに癌になりましたが、今でも元気で生きている。

(守られている)という気がします。



いろいろな大きな力で守られている。 毎日を大事にしなければいけないです。


教会に行かないのですが毎晩お祈りはします。 


今は入院している友人のことを祈っています。

大事な友達をお守りください。


神様、いつもありがとう、、、。












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プロフィール

tomotan

Author:tomotan
アメリカ人夫と結婚生活24年目、アメリカ生活17年目です。市民権をとり7年になりました。アイダホ、ハワイ、LAからオハイオにやって来ました。22歳の息子と7歳のニャンズがいます。ステージ3Cからの乳がんサバイバー14年目です。アメリカのドラマと映画が好きです。スリラー小説も。

乳がん治療の記録
2003年3月ステージ3乳癌発覚/ 3月手術2回(左胸全摘出とリンパ転移摘出)/5月から9月AC&Tの抗がん剤/9月から10月の終わり 放射線治療33回/ 再建手術、縮小手術、再建失敗により取り出し手術など4回/2005年子宮卵巣摘出手術 ホルモンブロック剤アルミデックス治療10年。 乳がん闘病日記はカテゴリーにまとめてあります。
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